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しらたましらたん

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旅の歴史と文化的景観~二度と行くまい丹後の宮津?~1

副題の「二度と行くまい丹後の宮津?」とは、よく聞くフレーズです。宮津音頭の中にも出てくる言葉で、これは「宮津を訪れると、楽しいことが多すぎて、財布が空になるので、もうこんな楽しいところにくるのはまっぴらごめんだ」というような意味です。
講演は、この副題の説明から始まりました。

本日の講演で、鈴木さんが参考にされた資料は、小室洗心編集「天橋立集」(復刻版)で、この本は、天橋立を題材とした紀行文約80編、漢詩約600編、和歌約1000首、俳句2300句を収録した天橋立の文化を知るにはなくてはならないバイブルです。
小室洗心とは、明治~昭和にかけて郷土について調べた文化人であり、ふるさとである天橋立のことに関してはこだわりをもっていたようです。20歳の頃から、天橋立に関する詩歌文章の収集をはじめ、還暦を記念についに、この本の出版を企画しました。
鈴木先生


まずは、時代によって、旅に関する考え方や感覚は時代によって異なってくるというお話からです。
中世に旅する人は、限られた一部の人たちのみでした。
中世の旅人たちは本当に特殊な人々で、修験者などの宗教家、商用などで出かけるビジネスマン、軍事関係で諸国を動く武将たちなどでした。中でも軍事関係者が主で、商用で出かけるものは数すくなかったようです。
近世にうつりかわり、旅人のパターンも違ってきます。庶民が自由に旅をするようになります。構・おかげまいり・湯治など、目的もゆるくなってきます。江戸時代には特に、村全体からお金をつのり、公金で代表者が出かけることがおおかったので、小遣い帳や収支報告をつけるのが一般的であり、この詳細に書かれた帳面からは旅の様子がうかがえます。
このように庶民までもが気軽に諸国を漫遊できるようになった背景には、参勤交代などの影響による、五街道の整備、それに伴う、宿場町の拡大、農業的技術の向上による生産力の上昇、その結果生まれた財力と労働時間の短縮による、余暇の誕生などが挙げられます。
そしてこのように、旅するものが増えると、ガイドブック的なものや、紀行文なども多く現れ始めるわけです。中世までは、歌枕と称し、有名な地(ナドコロ)は別として、地所に関する情報はかなりすくなかったのですが、近世になって、旅先・旅のプロセスなどを詳細に書いたものが情報として手に入るようになっていきます。
そうすると、おのずから、旅の質も変化していくわけです。
探険から探検の旅へ。発見の旅から確認が目的の旅へとうつりかわっていきます。

2へ続きます。
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